№722  愛宕山~深山~早戸 (約6.0km)


「新コロ」の禍受けた我が心、桜の花も、新緑も何故か晴れぬ今日の山。

と、思いながら山に入れば、小鳥のさえずり満開ツツジ出来立て酸素に身を包まれて

元気ハツラツ心身さわやか。コースも上々ワラビも採れた。

後半チクチク花粉が飛散、それに負けず計画達成。


◎所在地 : 多可町大和地区東主尾根周回

◎地形図 : 『北条(ほうじょう)』    

◎山行日 : 2020. 4. 9  (金)  晴れ    

◎参考:深山=①00. 7.16(亀壷地区から日光寺(お寺)~深山~引き返し△早戸界尾根下る) 

          ②13. 1. 9 574  ③13.12.21  600

     愛宕山=➀ 19. 5. 7 703  ②19. 6.22 709

◎山行者 : 単独      Age=73

◎コースの見所など : ①薬師堂の巡拝道  ②愛宕山から北面180度展望(猛禽生息)

               ③深山から北面180度展望

◎走行距離 : 往路 ①32.1km   往復63.2km


高峰神社P~薬師堂~行者堂・行者岩~愛宕山(Ca430m)~畑・若井線横断~北上~294m~

深山(408.0m二等)~西進~山町境界(加西市・市川町・福崎町Ca420m城跡)~

福・加西市界南下~早戸(290.0m四等)~界から外れる~東尾根下る~高峰神社P


1・高峰神社P(9:36~9:51)~2・薬師堂(10:::~10:06)~引き返し~

A・行者堂/行者岩10:19~みはらし広場(10:29)~3・(11:34)~4・(10:40~10:46)~

愛宕山(10:56 おやつ 11:12)~6・分岐(11:23)~7・畑・若井線(11:27~11:32)~

北上~8・(11:37)~9・294m(11:46)~10・(1:54)~11・(12:00~12:05)~

12・△深山(12:18 昼 12:55)~13・(12:58)~西進~14・(13:02)~15・3町境界(13:08)~

16・(13:28)~17・(13:30)~18・(13:39)~福・加西市界南下~19・(13:51)~20・(14:00)

~21・(14:15)~22・△早戸(14:25~14:32)~23・界から外れる(14:39)~東尾根下る~

24・(?)~25・(15:00)~1・高峰神社P(15:8~15:30)


19年 5月 7日に畑・若井線で見た道標で日光寺への下見をした。その延長で深山へ上って△早戸経由で高峰神社へ下る周回コースを考えていて、それを歩く事にした。自宅発(8:25)右を見ても左を見ても満開の桜の花、それに菜の花の黄緑色が映えて春爛漫。しかし、コロナの影響で例年のようにウキウキ気分にはならない。1・高峰神社P(9:36~9:51)もちろん神社境内の桜の花も満開。

 
1:高峰神社 9:50                   参道入って間もなくのお堂 9:54 東から

田圃ではカエルが、山ではウグイスとホオジロが鳴き、吹く風は爽やかだった。今日は気になっていた境内から愛宕山への道を歩いて深山を目指す事にした。Pの山側の「畑町歴史の森 遍路のこみち」の看板から入る。掃き清められた道は巡礼道で石祠が点々と在る。少し歩くとお堂が在り道標が立つ「行者堂300m9分・薬師堂170m8分」横ばいが薬師堂で山上へが行者堂だった。先ずは地図お寺マークの薬師堂へ向かう。

間もなく本当に小振りの鳥居が立つ社が在りここからも先程と同じ道標がある(薬師堂から引き返しここから上ることになる。)緩く上って尾根を回り込むと鹿網ゲートからの広い道に合流して上ると薬師堂に着いた。2・薬師堂(10:00~10:06)廃寺でその荒れようから察するに昭和の中頃かとも思う。少し離れた山中に卵塔(住職の墓)が三基建っていた。


 
2番:薬師堂に着く:10:00 正面は護摩堂      倒壊心配の庫裏:10:05 東から

境内の下方には数段の畑跡も在り、往時生活の跡が在った。引き返し先述のお社から上り始める(10:07)ジグザグ道には石祠が続く。植林帯を抜けると満開のミツバツツジが途切れない。要所なのか木製瓦ぶきの祠が在り、それは丁寧に本格的に修復されていた。こんなに篤く祀られている巡礼道祠は見た事が無い。A・行者堂(10:19)間口二間奥行一.五間瓦ぶき。その左に大きな岩が在り古い時代の鎖が垂れていた。

 
巡礼道を上る:10:11                  修復された祠:10:14

 
A・行者堂:10:19                    お堂横の行者岩この岩に鎖が垂れていた

これが行者岩かと思う。岩の裾には小さな溜池が在り岩の上に石祠が在った。更に上っていると左に道が合流した。その上が祠が点在する広場でここが「みはらし広場」(10:29)ここからは整備なしの山道になり直ぐ大きな露岩と言うか岩盤と言うかドーム状の岩盤を見る「展望点たたみ岩」この後辿る深山の紅白巨大鉄塔と下山に使う尾根が見えた。踏み跡は明るくなって尾根肩に着く。3・(11:34)

 
たたみ岩からの深山(右端)下山尾根         巨大なたたみ岩の一部:10:29

   
4番:柿の木 10:46   愛宕山への道 10:46       10:50       10:52

所々邪魔になる枝を払いながら上る。4・(10:40 休み 10:46)ここへも左下から道が上がって来ていた。太い山桜が数本生え北面が開け深山方面が見える。周囲が明るくなり快適に上れる。加工丸太階段もあり上り切る。5・宕山(10:56 おやつ 11:12)三度目の愛宕山。北面全開、視程は良好とまでは言えなかった。おやつを食べていると空を舞う一羽の鳥、羽根の形から見て猛禽と直ぐに分かった。

 
5番:愛宕山:最奥が笠形山 10:56         深山(鉄塔)を眺める:正面右尾根を上る 

 
オオタカと思う鷹の巣:11:15              6番へ下る道:11:21

トンビは羽根の全面が弧であるが猛禽は角が有るので分かる。カラスと空中戦が始まる?ふと見ると19年5月に見たこの鳥の巣が一回り大きくなって同じ枯れ木の上に在った。巣の中の卵かヒナを守っていると思った。その内、ツガイなのだろう2羽が空を舞ったり枯れ枝に泊まったりしていた。鳴き声は「キュッキュッキュッキュッ」だった(鳥はオオタカ?)


 
7番:東光寺の祈祷お札 11:29            同所の道標「東 若井上下 11:31」

今日は次の分岐から下りず前回気になっていた在るだろう分岐を目指して下っていると分岐が在った。6・分岐(11:2緩く下って峠に着いた。7・畑・若井線(11:27~11:32)そこの杉の木に見た事もない立派な御幣の祈祷お札が縛り付けてあり根元には木札もあった。(東光寺)これを見てこの辺りは現在も神仏の信仰が篤いと思った。石の道標は変わらず静かに立っていた。

「南 下若井・西畑道・東若井上下・北日光寺・・」日光寺への道と思う尾根を北上する。踏み跡は殆ど無く身の丈を超す松が枝を張り、それを切り払いながら上る。
8・(11:37)西が開け畑集落辺りか広く見える。前回下見では北面も見えていたがその時の予想通り松が成長して北は見えなかったと思う。横這いから上り、間もなく小シダが出て柴ヤブっぽくなる。上り切るとシダは疎らになり踏み跡が出る。


 
11:46 踏み跡が出る                  シダ道も在るが長くはない 11:52

満開ツツジは絶えない9・294m(11:46)深山の鉄塔が見える。何十年か前の猛威をふるった「松枯れ」その残骸と思われる朽ちかけた松の倒木がかなり出る。10・(1:54)左下に明確な道を見た。この道は何処へ・・・日光寺への旧参道・・・この道は城跡から下山時尾根でも交差しなかったから左へ回り込んで奥池からの破線に繋がって下ったかも・・・の説は濃いと思う。その心は「19年6月22日の時ハンターと出会った。

 
11番で見つけた「富」と彫られた自然石        11番から深山への尾根 12:09

そのハンターが獲物を追い込む為に使う道」と言う説)。間もなく記憶ある所に出た。
11・(12:00~12:05)北面はヒノキ林に変わる。ここで昼かと思ったが深山まで待った。上方が明るくなると舗装路直前に三角点が見える。舗装路を上って広場で昼にした。12・△深山(12:18 昼 12:55)北西方向に七種連山、その奥に明神山が霞みながら見えた。

 
深山から「明神山(左奥)」と七種山連山 12:21          採り立てワラビ 12:50

食後一段下に在るヘリポートだろうか広場を歩いていると地面から5cmから20センチ位伸びたワラビが沢山出ていて収穫した。北東も見えるが山座同定はままならず。山歩きを頻繁にしていた頃は同定に拘っていたが山から遠のいた近年は拘らなくなった。何をするでも無かったがかなり時間を過ごした。日常のストレスゼロ、新鮮な空気と新緑と小鳥のさえずりに浸った。下山は管理道ピンカーブから山に入る。
13・(12:58)


15番への尾根  15番:本丸跡

高木雑木帯を行く。多くの太いカズラがその木に巻き付き登っていた。左の太い杉林は愛宕山の方からも見える。ヤダケ(矢竹?弓矢の矢になるたけで見事に真っ直ぐな竹)が出て来る。14・(13:02)緩く上ると太い木が生える広場に出る。ここは城跡で本丸跡だろう。15・3町境界(13:08)市川・福崎・加西市の接点。一段下ると広く長い郭跡。オスの雉が飛び立つ。この段からの下りは消えていたヤダケが復活。

しかし切り開きがあり助かる。長い横ばいを行く。
16・(13:28)~17・(13:30)方向確認。黒プラ杭に天が赤の角杭が境界。18・(13:39)郡界石と彫られた石標が立ち、尾根肩前方が全開し車やそこから愛宕山辺りが見える。計画の尾根も見えその尾根から車へ下るポイント確認「う~ん遠いなー途中から下るか」進行尾根右下中腹に深山鉄塔管理道が見える(釜坂峠経由)。

 
18番:久し振り見る「郡界石」 13:38  同:左最高点が愛宕山・田園突き詰めがP

2013年△早戸経由で上った時は簡単に上れた気がしたが・・・。ここから何故か切り開きが無く、かなりきつい柴ヤブになるが暫らくの辛抱。その後はネズミサシのチクチクとその枝を切ると花粉が舞う。幸いにも私は、今のところ花粉症状が出ない。19・(13:51)尾根肩、ヤブから解放され18番と同じ解放感を得る。地図には奥池へ向かって3本の破線が在る「これのどれかで下るか」と弱気心が覗く。

20・(14:00)破線道が確かならば池へ下ったかも知れないが倒木が重なり合っていた。「ここまで来たら△早戸を目指そう」と決める。21・(14:15)左樹間から車が見える。身体は重いが歩行は安定して進めた。「△早戸に着いた」石標を探すが見当たらない、杭も無い。2013年の記憶はゼロ。意外と広い頂の中央に身の丈まで伸びたソヨゴの群生の中を探すと地表に白い物が有り「これは・・・」それは「三角点を大切にしましょう」の杭だった。

 
22番:この中に△石標が在った 14:30       陽の目を見た石標

近くに石標が在った。ホッと一息。22・△早戸(14:25~14:32)展望・保護・石タグ無し。ソヨゴを切り払い石標が陽の目を見た。西尾根に引き込まれそうだったが慎重に界確認して下る。この後、界から外れるポンイントが心配だったが直に下れば良し。23・(14:39)その後はミツバツツジ尾根となるが柴ヤブが続く。24・(?)計画はほぼ直に下る事にしていたが直は柴ヤブきつく北向きの植林帯を選び下った。

 
24番へのツツジ尾根 14:42             ゲート出て深山山塊を眺める 15:05          


間もなく桜の花と車が待つPに着く 15:05

等高線間隔に合わず傾斜がきつくつま先が痛くなった。谷筋は薄暗くも緩い傾斜で柵ゲートを抜けると大きく開け春満開の心地よい風景。
25・(15:00)車へ向かいながら北を見ると深山の紅白鉄塔が聳えていた。1・高峰神社P(15:8~15:30)△早戸に立った事で達成感を感じながら着替えた。

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早戸22

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愛宕山
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