836 庄山(しようやま)/城山(城跡)(約3.5km) ※「庄(しょう)」は地区名



山の麓の『医王寺』にて「寺の裏山城跡で巡拝道で上れる」と、聞いて天気は気にせず

歩いて見れば想像上まる曲輪群。その曲輪からの展望は類を見ない景色も多し。




◎所在地 : 山陽道姫路東ICの直南山塊 

※1番「庄大歳神社」右隣が「医王寺(鉢植えのボタン数百、品種すごい数で4月に開花)」

◎地形図 : 『姫路北部(ひめじほくぶ)』

◎山行日 : 2026. 2.16  (月)  曇り

◎山行者 : 単独     Age=78

◎コースの見所など : @△庄山から麓近くまでの展望、特に6と7番からの眺め

                A城跡5・6・7番の削平地

◎走行距離 : 往路@18.9km   往復37.8 km



庄大歳神社P〜巡拝道〜庄山(193.5m四等)〜郭と曲輪群〜谷外小学校〜庄大歳神社P



自宅発(10:33)〜明姫ロード〜高砂西LP交右折〜豆崎東交左折R2〜御国野交右折R397〜

庄交左折〜1・
庄大歳神社P(11:13〜11:25)〜巡拝道〜善光寺如来(11:36)〜

善光寺如来(11:38)〜
2・肩(11:41)〜3・肩(11:55)〜4・△庄山(12:14)〜5・三郭(12:25)〜

6・二郭/のろし台(12:45 昼 13:10)〜7・主郭(13:17)〜8・Y字分岐(13:32)〜

9・T字分岐(13:35)〜10・皿池(13:53)〜1・庄大歳神社(14:10〜)〜往路〜自宅(14:59) 



今年の1月に親族の法要で「医王寺」にお参りした。法要後、住職との会談の中で「裏山に城跡が在る。麓には巡拝道もあり地区の人が整備されている」と聞いて近い内に上って見たいと思っていた。また、その裏山は、播但道を走っている時(花田IC先)右手に見てなんか気になっていたことを思い出した。16日の天気は余り良くなかったが出かけた。1・庄大歳神社P(11:13〜11:25)庄大歳神社は地元、氏子の篤い信仰心に守られ境内の隅々まで清々と整えられていた。

 
1番 庄大歳神社              同拝殿の絵馬

そして拝殿には多くの、主に干支の絵馬が掲げられていた。林道のような広い道が神社の左手から上がって神社裏を右に回り込むと間もなく巡拝道入り口に差し掛かった
(11:32)。数本の杖が備えられ「観音山の樹木をみだりに切ったり折らないようにしてください」との札が立っていた。道には延々椎の実が積もるほど落ちていた。そこから道の左右に点々と石仏(全ての台座に「秩父観音・・・」と彫られていた)が立っていたがその半数以上が欠損したり胴部分から折れていたり又台座から傾いて今にも倒れそうになっていた(石質が砂岩か泥岩の為であると思う)。道は整備されていたが石仏の修復整備が成されないのは何故。


 
巡拝道入り口11:32            胴部分から倒壊した石仏11:34

ここで下山後庄公民館の掲示板に掲げられていたイベント紹介『★庄の歴史探訪 観音山(有明山)の一畑薬師如来 医王寺の裏から観音山を左手に石仏を拝みながら登って行くと、右手に大きな善光寺三尊佛が建っており、その前の小道を東に下って行ったところに建立されています。一畑薬師は出雲市にある中国観音霊場の第26番のお寺のご本尊で眼病平癒の仏様として信仰されています。「目のくもり やがて晴ゆく医王の山 これぞ日本一畑寺」眼でお悩みの方、一度てをあわせてみてはいかがでしょうか』これを偶然見かけた。

 
善光寺如来11:36            不動明王三仏11:38

間もなく、ひときわ大きい石仏あり、中央に大きな善光寺如来、その右に観世音菩薩、左に勢至菩薩の三体が祀られていた。その右隣には建屋に守られて三体の石仏。中央に不動明王立像・右に弘法大師座像?・左は役行者が祀られていた
(11:38)。間もなく尾根肩に着いた。2・肩(11:41)ここにも大きな供養塔が建っていた(石仏は釈迦に見えたが・・・)。横這いの後上りににかかると道の落ち葉は、全くと言っていい程無かったのは箒で掃かれたのか・・・。

 
2番から先の道11:44          3番からの岩稜11:59

そんな道は中上りでほぼ直登だった。灌木帯でミツバツツジが群生していた。暑くて上着を脱ぐ
(11:50)。露岩が出て間もなく尾根肩に着いた。
3・肩(11:55)整備はここまでだった。灌木帯から背の低い松が目立ち始め、緩い露岩尾根を進む。振り返ると仁寿山方面全開、西に広大な姫路市街にお城も見えた。前方に庄山と思うピークに続きその後歩く尾根が見える。削平地から緩く下り緩く上ると予想通り三角点が見えた。何時の時もアナログ(地図とコンパスで歩く)歩きの時は快感である。4・△庄山(12:14)タグ無し・保護石2個・展望あり。

 
古法華方面12:04            4番△庄山に着く12:14      

 
中央尾根手前裾がP点12:14      12:19当たりの尾根

 
播但道花田IC付近12:22         5番から姫路東IC12:23

横這いを進む。
5・三郭(12:25)東は展望なき雑木林で広い削平地。北面谷底に山陽姫路東ICがありそれが丸見え、実に珍しい眺望だった。北面が凄い切れ落ちで危険防止と思うトラロープが張られていてそれに沿って下る。上りでは曲輪跡の段が出た。ここにA4サイズでラミネートされた城跡図面が下がっていた。それによると、●庄山は「展望よし」●5番は三郭・土塁●6番は二郭・石垣・帯櫓●6番の少し先はのろし台・展望よし●7番主郭・展望よし となっていて6番の南下方の尾根を挟んで西井戸と東井戸、そこへ上がって来ている地図破線が虎口と記されていた。

 
城跡概略図12:36             6番12:38

それらにルートも記されていてその道の入り口をを探したが確かなものは見なかった。登り切った所も広い削平地だった。
6・二郭(12:45 昼 13:10)ここで昼となっているが実際はここは風が強く寒くて少し先の岩陰で昼にした。ここも削平地だったが北面寄りが岩盤で足元から凄い切れ落ちだった。昼(手弁当)をしていると白いものが目に入り拾い上げると「のろし台」だった。凸凹しているがこの岩の上で「のろし」を上げていたかと思う。

 
6番少し先のろし台12:42        のろし台岩陰で昼所 13:12

 
6番から7番への道13:14       7番主郭南から13:19

そこから少し上ると削平地。
7・主郭(13:17)東から南が全開だった。遠望はカスミが掛かり特に東面が分かり難かった。緩く短く下ってからはほぼ岩盤の急下りだった。遮るものは何もなく麓の「谷外小学校に向かって下った。岩質は近隣では殆どが凝灰岩だがここのは、それではなかった。足場の無い岩盤には岩を削って階段が作られていた。傾斜が緩くなるにつれ雑木林となる。8・Y字分岐(13:32)左の道が良く踏まれていたが学校に近い右を下った。

 
7番から少し下った所から山裾学校と皿池13:22  岩盤の階段13:26

9・T字分岐(13:35)『このあたり、有志の方が付近で伐採したアベマキを利用して椎茸を栽培しています。あまり小さいものは遠慮していただきますが、十分に成長したものは持帰っていただいてよろしいですよ。』と、何とも有難い看板があった(椎茸が生える榾木さえも見ず)。初め右へ進むと左下に仮設廃屋が数戸在りその先は孟宗竹林となり先行き怪しいい雰囲気、「左が正解か」と、引き返したがこれも踏み跡が消え再度竹林へと引き返し進む。

 
竹林の廃屋13:44            廃屋すぐ先学校から尾根への破線谷13:44

 
左体育館・右校舎13:51         山裾左神社P・尖がり山「庄山」14:02

この道も次第に消えてしまい枯れ谷を下っていると学校のプール裏に出た。高い柵で囲まれ、その柵に沿っての枯れ溝を進む。体育館の先にゲートが有り鍵は運良く開放でそこから校外の道に出られた。車に向かって歩く。
10・皿池(13:53)近道と思って入った道は民家に突き当たり引き返したりして歩いていると庄公民館掲示板で上記を見かけラッキー。そして車に戻った。1・庄大歳神社(14:10〜14:15)
この城跡は石垣等は見なかったが形状と規模立地条件は凄いと思った。



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