№480  鶴居~鶴居城跡~横倉観音~谷城跡 


この界隈の、主尾根歩きをした中で一つ気になる虫食い尾根在り。

更に最近気になるピークは“つんつるてん”の鶴居城跡。

二つの“気になる”歩いて見れば、城址は無残な伐採地獄。虫食い尾根は、半ばヤブ。

七種三山眺めつつ、風に吹かれてオニギリ食べて、歩いた終盤雨に打たれる。




鶴居地区~鶴居(285.6m四等)~433m(鶴居城跡)~鉄塔先Ca470mから尾根南下~

384m~破線峠~284m~横倉観音(282.7m四等)~峠~狼煙台~谷城跡(206m)~大歳神社


◎所在地 : 市川町鶴居・神崎・田中・千原地区西山塊

◎地形図 : 2万5千図   
 『寺前(てらまえ)』  『粟賀町(あわがまち)』

◎山行日 : 2009. 6.20 (土)   曇り~雨

鶴居・鶴居城址 ①07.12.19  ②08.3.12  

横倉観音(△) ①07.12.19  ②08.3.12          

◎山行者 : 兵庫山楽会:大柿(車)/CL・馬場・北村(車)・安藤・中島      Age=62

◎コースの見所 : ①鶴居城址とここからの展望 ②終始望める七種山塊  ③ ④谷城跡 

◎走行距離 : 往路①40.5km ②43.8km  往復92.7km

◎有料道路 : 播但道:市川南往復500円


自宅発(7:02)~明姫R~播但道~市川南L~R=312~月見橋~R=404~千原交左折~

谷地区大歳神社1・自デポ(8:04~8:12)~2・(8:17~8:30)~A・(8:42)~3・鶴居(8:58)~

4・鶴居城跡(9:19~9:30)~5・(9:40)~6・鉄塔(9:44)~7・(9:54~10:15)~

8・384m(10:35)~B・(10:50)~9・峠(11:03)~10・(11:10)~11・(11:20~11:25)~

12・峠(11:30~11:45)~13・(12:08 昼 12:35)~14・横倉観音(12:50~13:03)~

15・峠(13:10)~16・(13:18)~17・(13:36~13:40)~18・(?)~19・谷城跡(13:51)~

20・大歳神社(13:55)~自転車(3.3km)~2・(14:10~14:16)~引き返し~

1・大歳神社(14:22~14:38)~2・(14:44)~R=312へ直行~市川南LP~往路~自宅(15:41)


播但道を走りながら眺める鶴居城址の頂上は、数本の木を残して伐採されてしまった。これも気になる所だがそこから大中山への尾根途中から横倉観音(△)へとつながる尾根の一部が虫食いで残っていた。で、今回歩くことにした。『夕方から雨になるかも』の予報もあって雲は、低く雨の心配の中大歳神社に自転車をデポ。1・自デポ(8:04~8:12)登山口に向かいながら見上げる鶴居城址は、立ち木が伐採され悲惨な状態。 2・(8:17)

登山口(正規でない)の池の周りは、金網が張り巡らされている。女性は、この網を乗り越えるのが無理かと思い入り口を探していると、池の堤に赤く熟れた実をたわわに付けてた『大グミ』木があった。皆で味わいながら昔を思い出しその時代の話に花が咲いた。 
発(8:30)「これだけの伐採が入っているのだから城跡への道が整備されているはず」と思っていた(歩いている踏み跡)が、その道は無く不思議に思いながら上っているとその道に合流した。 A(8:42)

  
(2)池から見上げる鶴居城跡(8:33)8(左)・7番ピークも覗く  新登山道(8:43)     鶴居8:46

上ってきた尾根にも踏み跡が在り、整備された道が古来の道かどうかは判断つかない。道は植界より東の雑木林の中に付けられていた。それは、前回鶴居(△)探しの時に偶然歩いた踏み跡だった。そして、やっと見つけた鶴居(△)は植界(踏み跡)から東寄りのシダの中に有ったので「今は・・・」と思いながら上っていると安さんが「有った」と言った(私はその時のマーキングが目当てで尾根を上っていた) 3・鶴居(8:58)
 山頂まで500mの表示板)尾根のヒノキに巻いた二本のジャージの横(東)だった。

左(西)桧幼木上や樹間から七種三山を眺めながら上ったが槍の姿は、いつ何度見ても素晴らしい。数度の緩みの後、最後の急登を上りきると廓跡が始まる。新道はしばらく廓の左(西)下を巻いていた。私は廓跡を数えながら上ると大小合わせて11段目が頂きだった。 
4・鶴居城跡(9:19)目高に遮るものなく確かに展望は良かったがそれよりも痛々しい思いの方が強かった。全景は写真にさえ収めたくない状況。

 
鶴居城跡から西方面の眺め(9:20)左から薬師・槍・七種山  鶴居城跡にミニUFO?(9:28)

少し愚痴らせてもらおう。少なくとも樹齢60年は経っていたと思うコナラ・クヌギ類の雑木は平地には2本だけ残して全て伐採、目高に遮るものが無いと言うことは頂き以下もその範囲の木を伐採していると言う事。せめて頂の木は残し周りの木の伐採に留めて欲しかった。 発(9:30)北面は、伐採から逃れていた。一段の廓に直ぐの堀切を通過した後は、素晴らしい尾根歩きが続く。 5・(9:40)岩尾根北面が狭くも開き十三回りから西脇(△)・美佐(△)の主尾根が全望。その尾根歩きの最終で水路を飛び越えられず水路にハマった事を思い出した。

やがて尾根から左へ順視路が下る。
 6・鉄塔(9:44)七種三山が美しい。間もなく尾根右へ順視路が下る。この路を使って大中山を踏む(上りか下りで)歩きも一つの方法だと思っている。一冬越すと、こんなに枯れ枝が垂れたり道を塞いだりするのか・・・ここからは、草柴がはびこり始め快適に思えていた道も暑さのせいと相まって、うるさく思いながら上り切った。 7・(9:54)

狭い樹間正面に槍を見ながらおやつタイム。今日も馬さんから融け頃の冷たいゼリーを頂く(他の皆さんからサクランボ・トマト・フレンチトースト・ヤクルト等を点々と頂く)何と言っても一番いいのは、車の走行音がしないことと、暖かく感じるも時に吹き抜ける緑の風は、最高に幸せな気分にしてくれる(皆さん同音)。
発(10:15)

  
鉄塔から(9:47)手前尾根先端谷城跡    (7)からの眺め(10:08)尖がり山は槍・その左薬師

発って直ぐから大岩が重なる露岩(地層は岩盤と思う)帯になり、そこの二本の木に赤ビニテープの二本巻きマーキングがある(今回私も布を二本巻いた)ここから南尾根に下った。踏み跡らしきものが斜めに下っていた。以前大中山から下って来た時、498mP下方鞍部から破線に繋がっているだろうしっかりした道が在ったので「何れその道に合流する」との思い通りその道に合流した。(10:24)

  

(8)から下る途中(10:42)中央尾根先端谷城跡  (8)へ向かう尾根から鶴居城跡(10:32)   (10:49)頃快適道

踏み固められた快適な道は、順視路でもなさそうだし、波線を見る限り、鶴居方面(地名から察すると昔は鶴が越冬していたのかな)と前之庄方面と繋ぐ古道だったのか・・・。岩稜の西側下巻き道を歩く。その道は、384m手前から東の谷へ下っていた。道と分かれ獣道か?低いシダを分けて384mを越える。この辺りから岩場かと思っていたがそうで無かった。急勾配を下り切ると先程の道だろうが回り込んで来ていた。谷間に下る破線の道は、今も在るのだろうか・・・。

「この分だと峠 (12)まで道が付いているかも・・・と期待?した」しかし(B)地点で道は谷方面へ下っていた。 
B・(10:50)「今度こそ道とお別れやなー・それならそれを確かめる」と、引き返し覚悟で私だけ道を歩き、他は尾根通しでシダヤブに突入した。道は、谷へ下っていたが尾根に折り反していた。尾根で合流。 (10:55)又もや「峠(12)まで道が付いているかも・・・」と期待?した。尾根が横ばいになった所に手製のベンチが二台あった。そこから下るとここも峠だった。 9・峠(11:03)

峠には『縦走コース・松尾山・鉄塔・城山へ』『工業団地』(松尾山=大中山)二枚の小さな木札が掛っていた。工業団地への道はヒノキ林を下り、振子川の方への道は、塞がり掛けて使われている気配は無かった。峠から暫くは踏み跡があったが次第にシダ柴ヤブになった。
 10・(11:10)中ヤブで馬さんも鎌を出して二人で切り開きながら進んだ。 11・(11:20 立ち休憩 11:25)シダから跳ね返る輻射熱でより暑く感じつつ下って峠に着いた。 12・峠(11:30 休憩 11:45)高さ5m位の切り通し峠。


(12)峠西から(11:34)
人物は馬さん。峠の石仏は祭られている気配が無かったが時には、お参りされている形跡は感じ取られた。これだけの切り通し工事が入っている所を見ると昔は、重要な道だったのだろう。花瓶代わりのワンカップに安さんがヒサカキ・私がお水を差してお供えした。

「上り切って開けたら昼食にしょう」と、発った。この峠からは、少し歩き易くなったが最後の上りは短いながら急登で上り切る。 (12:05)季節的なものだったのか前回は歩き易かった尾根も草が蔓延りヤブっぽかった。横ばい尾根を行き、尾根右(西)ヒノキ幼木帯の中の開けた所で昼にした。 13・(12:08) 

 
      七種三山を眺めてランチ(12:23)左から薬師・槍・右奥七種山

昼発(12:35)
ヤブっぽさは変わらず、視界は閉ざされ薄暗い感じ。次のコルから上りに入ると城跡の石垣か古墳かと思う規則正しい石列を見る(丸み花崗岩)。上り切って間もなく横倉観音(△)に着く。 14・横倉観音(12:50)

    
横倉観音:南から(13:01) 終盤歩く尾根展望(12:50)先端谷城跡  馬さんが着てる赤シャツの背面写真(宍粟天空回廊)宍粟50名山完全登破記念Tシャツ(6月16日現在27番目で達成されました)ちなみに私は、当てもなく彷徨い歩いて指定前から=35山  指定後=10山

順視路は、横倉観音(△)から東へ下る。方向が南寄りに変わって下る。尾根左は急斜面、右は整備(兵庫県と思う)が入り低木は伐採されている。 15・峠(13:10)ここは、峠で石仏は前回より篤く祭られていた。西へ下れば横倉観音にお参りできるのだが今回も成せなかった(一度お参りしたい)。お寺マークの場所を見ると「何故この場所に建てたのか」と知りたくなる。鉄塔下から振り返ると大中山は雨雲だろう霞んでいた。16・(13:18)冬枯れの時期に比べると数段あるき難くなっていた。 17・(13:36)

鞍部に一基目の展望台あり、すぐ先の丘にもある本格的な展望台に上がる。北から東面が見える。「雨が落ちてきた」「ザックカバー掛けろ」「携帯濡らさないように」声が飛び交う。今日の天気は悪くなる方向だったので「後は馬さんにリーダーを任せて車の回収を急ぐ」と先に発った。 
(13:40)

  
(17)展望台から北方面(13:37)左端鶴居城跡  (17)展望台:北から(13:40)  (15)石仏13:10

発って直ぐのコブに在る『健康の・・・狼煙台』は、トラバース。 (18)は越えなくては進めない。19・谷城跡(13:51)一度見てるので本丸巻き道で通過。. 20・大歳神社(13:55)境内で大人(男)が数人会話されていて挨拶だけして小雨の中、自転車を走らせた。大降りにならなくて良かった。神社に引き返すとメンバーが丁度下って来た所で、神社前の民家の車庫をお借りして(借用お願いすると快諾)帰りの準備に入った。

馬さんの着替えと運動靴を入れた袋が無い・・・もしかして登山口に有るかも・・・大柿宅で車を乗り換えた時に・・・『靴と着替え騒動』の結末は知る人ぞ知る。皆さんお疲れ様でした。おやつを頂き有難うございました。鶴居城跡のヒコバエが早く大きくなりますように皆でお祈りしましょう。また何時か大中山に立ちしましょう。


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①大歳神社

3・鶴居・285.6m

4・鶴居城跡・433m

8・384m

10

11

12

13昼

14・横倉観音・232.7m

16

15

17

狼煙台

18

19・谷城跡・206m