bS05   高山〜熊部〜西谷


北へ北への尾根歩き。

視界・展望恵まれなくも、風雪耐えて今に生きる、樅の大木何を語る。

樹間から聞こえる子供の声、樹間から聞こえる里の音。

小鳥の囀り軽やかに、緑の音で身に降りそそぐ。

△(さんかく)熊部でようやく見えた、不行に洞に地蔵岳。

発って間もなく見たものは、岩稜ヤセ尾根原生林、白い妖精『コメツツジ?』

今日最高の感激感動。



我孫子地区(楽上寺)〜北尾根〜364m〜高山(568.5m四等)〜

519m〜破線峠(我孫子川・熊部地区)〜熊部(550.9m四等)〜

西谷(にしや)664.9m 四等〜林道(雪彦峰山線)〜引き返し〜△西谷〜△熊部〜

破線〜我孫子川(西)へ下る〜林道歩き〜我孫子地区。




◎所在地 : 姫路市夢前町山之内我孫子『楽上寺』からの北尾根

◎地形図 : 2万5千図   『寺前(てらまえ)』

◎山行日 : 2007. 5. 5 (土)  曇り   @’06.5.21(権現古道)
                               A’06.7.9(鍋倉山城跡〜権現古道
◎山行条件 : 単独      Age=60

◎コースの見所 : @登山口の楽上寺   A(9)△高山先のヤセ尾根 
             B(13)△熊部から雪彦山遠望  C(16)からの東展望

◎走行距離 : 往路 @51.2km  往復103.0 km



自宅発(6:58)〜明姫R〜播但道〜船津L〜R=81〜広瀬北交右折〜R=312〜

福崎町大橋西交左折〜R=23〜前之庄交右折〜R=67〜山之内我孫子〜

1・自転車デポ(8:09)〜引き返し〜2・熊部分岐(8:15 発8:33)〜

楽上寺(8:35〜8:41)〜3・(8:47)〜4・(8:59 ヒル対策 発9:04)〜

5・(9:15)〜6・364m(9:32)〜7・(9:50)〜8・TV跡(10:04 おやつ 発10:15)〜

9・△高山(10:38 おやつ 発10:49)〜感動ヤセ尾根〜10・(11:00)〜

11・519m(11:13)〜12・破線峠(11:25)〜13・△熊部(11:40 おにぎり 

発(12:07)〜14・(12:15)〜15・(12:25)〜16・(12:30 休み 発12:35)〜

17・(12:46)〜18・△西谷(12:54)〜19・林道・雪彦峰山線(13:10 発13:13)〜

18・・△西谷(13:17)〜16・(13:23)〜13・△熊部(13:41 発13:45)〜

12・破線峠(13:50)〜20・林道・我孫子川(14:15)〜探索〜21・(14:24)〜

1・デポ地(14:49)〜2・熊部分岐(14:54 発13:32)〜往路〜たいこ弁当〜往路〜

福崎IC〜往路〜自宅(17:10)



昨日はマイカー登山の例会で『三尾山から黒頭峰』馬場さんCLで周回をしている。私は所要で参加できず「残念!!」。そんな訳で、今日は夕方から雨の予報だったが思い切って山行を決めた。今日のコースは、昨年 やまあそ と歩いた『権現古道』の時の机上登山で候補にあげていた。計画では林道に自転車をデポし、引き返して我孫子から林道へ向って上ることにしていた。(効率を考えれば我孫子に自転車をデポすれば引き返す手間が要らなかったが、それでは、自転車で雪彦山登山口(一般道)からの上りがきついのでこうなった)

R=67に入ると若葉の色も濃くなり、シャガの白い花が目を惹いた。そして、我孫子と坂根の分岐に着き、ここで一時停車、何故かと言うと、今日の計画が、どうもスッキリしていなかったからである。ここで、もう一度地図を広げた。「自転車をデポせず歩き通す術は無いか・・・」そこで閃いたのが今日歩いたコースだった。我ながら満足満足。

初めての谷筋、我孫子地区へ向った。熊部への分岐で現在地確認し、我孫子川に沿って奥へと走る。舗装路は何処まで付いているのか・・・間もなく集落の終点で頑丈な金網ゲートに突き当たった。ゲートには南京錠が掛けられて進入できない。ここに自転車をデポして引き返した
 1・自転車デポ(8:09)


(1)の林道ゲートに戻ってきた所(14:48)  (2)駐車地点(14:54)車の左の民家で塩を頂く
この二枚は下山後の写真

戻って駐車場(広場)を探したが分からなく、川沿いの道が膨らんだ所に置かせてもらった。 2・熊部分岐(8:15) 支度をすませ、近くで畑仕事の住民に、挨拶と駐車のお願いすると、主人が 〈何処へ登るんじゃ〉 「お寺の所から登って雪彦山の方まで」 〈ヒルがおるけど塩もっとんか〉 「いいえ」 〈ほんなら塩あげんか〉 奥さんが家の中に入っていかれ、しばらくして出てこらた 〈この手ぬぐいに塩水を含ませているから足元に巻き付けておけばええわ、塩はヒルに咬まれたらそこへ擦りこんだらええ、手ぬぐいは、もう要らんから〉 「ありがとうございます」 <気つけてな> お礼を言って発った。 発(8:33)

「鹿谷山 楽上寺」本堂への石段を上がる(初めの一連の階段110段)檀家も少ないので小さなお寺と思っていたが凄く立派なお寺だった。モミジも沢山生えていたから隠れた紅葉のスポットかも知れない。奥へ奥へと進んでいくと『播磨八薬師第三番霊場 楽上寺』立派なお堂(本堂でない)が建っていた。更に奥へ(計画登山口へ)進み階段を上がると今度は『厄除八幡大菩薩』と言う社が建っていた。それにしても凄い財力だ。そこから山に入った。 (8:41)

 
楽上寺の山門(8:37)       (4)樅の木群(8:59)

始め笹が生えていたが直ぐに消え、植林帯を上り切る。 3・(8:47) 展望なし。ヒヨドリ・ホオジロがさえずり、この尾根にも太い樅が生えていた。疎らに小木が生えるが難なく進め、コルは掘り切りの様に深い。次ピーク (8:53) 右樹間から前方下に佐中地区と入り口のキャンプ場?ではしゃぐ子供の声が聞こえ、カケスとエナガが鳴く。次のピークに立つ。 4・(8:59) ここで、頂いたヒル対策に入る。対策の比較効果を見るため、左の足首(靴の上から)だけに塩手ぬぐいを巻いた。効果は如何に・・・。 発(9:04)

小コブを過ぎてからは長い上り返し、低木のカシとヒサカキが少しうるさくなる。左右の植林帯は植えっ放しで、根元の方から枝が出ていた。 5・(9:15) 右下で大きな音がする、大形の動物が移動しているのだろう。下っていると左前方樹間が開け、遠くに見える高く大きなピークは△高山?。直ぐ先で左が開け、不行・洞・地蔵岳が霞んで一塊で見えた。 (9:21) 上りで振り返ると左後方が開け、小ピークを従えて大きなピークが飛び出ていた。 (9:24) 

上り切ったコブの太い樅の木は、初めて数本が立ち枯れしていた。その先で落雷により縦に破断して枯れている太い樅の木があった。 6・364m(9:32) つい先ほどまで寝ていたかの様な沢山の鹿の寝床があり。頭上ではヒヨドリがうるさいくらいに鳴く、突然の不法侵入に威嚇か・・・。下り始めると右がヒノキの幼木帯で全開。佐中地区とそこから北東へ『禿の行者』への尾根やこの先のピーク尾根肩までが見えた。

低木(実生)の樅・松を分け下り上り返す。上りでハチミツ一本補給。埋設されたケーブルの一部が地表に出ていた。 7・(9:50) 振り返ると、’04.2.24に鉄人加藤さんとと歩いた△立船野から東の568mの尾根上に明神山の頭が覗いていた。すると、先ほど同定できなかったピークは小明神か? 

 
(7)から振り返る(9:47)中央最奥明神山・手前364m  樅の木の根に喰い込んだケーブル(10:01) 

視界は閉ざされ、緩く上っていく。左から涼しい風が吹き抜ける。太い樅は続き、下草無く快適に歩ける。この辺りから樅よりもカヤ?栂?の木が目立ち始め、点々と太いコナラが生えているせいかギンリョウソウが頭を出していた。倒木で尾根右を巻く。 (10:00) 尾根右ヤブツバキの群落、ケーブルは続く、やがて前方が明るくなって右が開けた。ステンの小さなナットやボルトが落ちていた。どうやらここにTVアンテナが建っていたようだ。 8・TV跡(10:04)

しかしその残骸は見当たらず、これほどきれいに撤去しているのを見たのは初めてと思う。土地柄、人間性を想いながらおやつを食べ休んだ。ここは南東が伐採され、佐中地区の一部も見え、犬の鳴き声が聞こえた。谷向こう尾根上に飛び出ているのは七種山? 佐中側は足元から切れ落ちて北へと続いていた。 発(10:15) 上っていると石柱が転がっていた。表は無地、裏返して見ると「○西」と刻まれていた。傾斜が急になって上っていると、磁器と思う破片を拾った(3×3cm下写真)。磁器は形からして食器の類で無く、「もしかしたらこの先の△高山は祭祀場でその遺物か・・・」色めきたった。

軽い露岩に高木雑木尾根になり、ギンリョウソウが頭を出していた。急登の後、高山に着いた。 9・△高山(10:38) 展望なし。「林道まで約半分の道程か」何か形跡が無いかと見回したがそれらしき物は無く、極平凡な頂だった。石標の掃除は馬場さんに任せることにし、おやつを食べて発つ。 発(10:49) 「さて、今度は やまあそ と越えた峠を目指すぞ」

問題なく下っていく。左右切れ落ちが現れ始める。左下で、バキッボキッと大形動物が歩いている音がした。姿を見届けようと、しばらく覗き込んだが姿は見られなかった。目を尾根に戻すと左右切れ落ち、凄いヤセ尾根に『田圃の畦』をも連想した。どの辺りからか樅に変わってカヤ(栂?)の木ばかりになっていた。やはり、古来から手付かずで残った物には、それだけの重みが加わり、見る者に強いインパクトを与える。左尾根下に白い花が咲いていた。見頃は過ぎていたが数株の白のコメツツジだった(ここだけに見られた)。

 
(9)高山先のヤセ尾根(10:51)     同尾根から見たコメツツジ(10:53)

「足を滑らして尾根から落ちたら・・・」なんて考えたが「落ちても立ち木に引っ掛かるわ」と思いながら進んでいると左が大きく開け、不行・洞・地蔵岳の塊が△雪彦山稜線の上に突き出ていた。そして尾根先端。 10・(11:00) 急下りの後は視界閉ざされ、シキミ・アセビなどが少しうるさい。樹齢100年前後のスギ林が続き、やがて横ばいになると、右が自然林(植林が伐採された後に生えたと思う高さ5mくらいのリョウブのような木が密生)になった。その中からウグイスがしきりと鳴く。

山全体が太いスギ林で尾根が無くなり緊張する。しかし、間伐されながら成長したのだろう明るかった。 11・519m(11:13) 緩く方向を変えて進む、スギの木肌に白の太い二本線が入っていた。そして注目していた峠手前のピークに立つ。 (11:20) 『注目』の内容は やまあそ と熊部へ下った時、破線の山肌が余りにも激下りだったので「破線南の尾根に道が付いていたのと違うか」と言うのが二人の考えるところだったので、これを確認することだった。

熊部の方へ下って見たり、熊部側の山肌を探索したが残念ながら形跡は見当たらなかった。さー「峠だぁ〜」と駆け下りた。 12・破線峠(11:25) 例の石標は健在だった。熊部側を見て「こんな所を下ったのか」と思いながら上りかけたが石標の写真を撮っていなかったので引き返し撮って上り始めた。 (11:29) この上りはザレで滑り、かなり堪えた。

一段目上り切り△熊部手前、なぜか尾根右を歩いていた。ふと、尾根を見るとドキッ!!なんと、こんな所にマムシがいた(実測?体長35cm)もし尾根を歩いていれば被害に遭ったかも知れない。何故尾根を外して歩いていたのか不思議だ。 13・△熊部(11:40)前方が開けていたので覗くと不行・洞ヶ岳・地蔵岳が△雪彦山稜線の上に更に高く突き出ていた。賀野神社から我孫子川へ下る尾根越ポイントも確認できた。一段落しておにぎりを食べる。

 
(13)熊部からの遠望(11:42)中央尖り 洞ヶ岳 (12)破線峠の『亀田』石標:西から(11:25)

石標の近くに、長さ5mくらいの角材が4本、櫓に組まれ横たわっていた。 発(12:07) 次の上り返しは尾根周りがヤブツバキの群落(下方は植林帯)、太い葛が地を這い、木に巻き付いていた。 14・(12:15) 少し複雑な地形をいく。次の上りは倒木で右を巻いて急登。 15・(12:25) だらりと上って尾根肩から振り返ると、スギ林の上から明神山と西の明神が見事に尖がっていた。残す距離が少なくなって気持ちに余裕ができた。間もなく右が広範囲の伐採地。 16・(12:30) 「さて、ここは何処かいな」と切り株に腰を下ろし休む。激下りの谷底に民家が散居、熊部地区の最奥部だった。

 
(16)から熊部地区を見下ろす(12:32) (16)から(17)方面(12:34))

やまあそ とこの最奥部で一本橋を渡って谷筋を上り、掛ヶ谷へ向った山肌や、△柳谷も見えていた。 発(12:35) 上り切ると木の切り出しに使った搬送機用ワイヤーや滑車が木に取り付けられたまま放置され、大きな硅石の立ち岩があった。 (17) への上りで振り返ると見事に不行・洞ヶ岳が高く突き出て、歩いてきた尾根のピークが連なっていた。明神山・七種山方面そして、△僧屋敷△大戸なども見えていたが、悲しいかな霞んでいて写真にもよく写っていなかった。 17・(12:46) 

(17) からは視界閉ざされ、露岩帯を通過して間もなく、緩い丘ピークの△西谷に着いた。 18・△西谷(12:54) 小さな丘コブを越え、よこばいの先端が林道だった。19・林道・雪彦峰山線(13:10) ホッと一息いれて引き返しにかかった。 発(13:13)

 
(9)△高山:東から(10:37)      (13)△熊部:南から(11:44)

 
(18)△西谷:南から(12:53)    林道・雪彦峰山線直前尾根(13:06)

現在地確認をしないので早い早い。 18・・△西谷(13:17) 小走りでどんどん進む。 16・(13:23) 伐採地からの展望では、霞は濃くなっているように感じた。「こんな所歩いたかなー」と思うところもあったりしたが所要時間約30分で△熊部に戻ってきた。 13・△熊部(13:41) 一休みして発つ。 発(13:45) 今日は太腿のツリも感じず好調。時々気を付けて見ていたヒルも、その気配無し。「塩のお陰か・・・」「マムシはどうしたか・・・」マムシはいなかった。堪えた上りもアッという間に下り切る。 12・破線峠(13:50) 

やまあそ と上った破線、何の不安も無く下る。倒木があるザレの急下りも、傾斜が緩くなり、谷間に水が湧き、次第に水音が大きくなっていく。倒木も多くなる、やがて無地の石柱も見て下る。「そうや、あの日あの時(○○ラン)を拾ったな。今日はどうやろ・・・」右に左にウロウロきょろきょろ「あったー!!」それもウルトラ超ラッキーなんと、大きさ1cmくらいで、薄い黄色の花が二輪垂れ下がっていた。これに、花が咲くとは思っていなかった。今月、加西市のフラワーセンターに行った時『ラン展』で見たのと葉形が同じだったので、名前は『カシノキラン』と思う。自分では『非常に稀なる物』を見たのではないかと思った。

  
残念ながら又もやピンボケのカシノキラン?  (20)林道・我孫子川に下った所:下流から(14:15)

長い道草だったが時間的には余裕で林道に着いた。 20・林道・我孫子川(14:15) 今度はもう一度、賀野神社への古道の探索に入った。鍋倉山城跡〜権現古道(’06.7.9)。で古道跡と思った尾根の取り付きを丹念に探した。その結果地図の (21) が古道取り付きではと思った。探索終え、自転車デポ地へ向った。 1・デポ地(14:49) スタート後は少しペタリングしたが、下り勾配だったので、ペタリングを止めるもペタリング無しで車に戻れた。 2・熊部分岐(14:54) 

「さて、ヒルは」スパッツを外すとヒルは両足とも付いていなかった。塩の効能かどうかの判定はできない。汚れた靴とスパッツを下の川で洗って、塩のお礼を言おうと家に行ったが留守だったので無事下山と塩のお礼とヒルに遭わなかった事を知らせる置き手紙をして帰路に就いた。 発(13:32)


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10
13・熊部550.9m
19・林道

@

6・364
11・519m
18・西谷・664.9m
17

14
20

ポイントbヘ地図を一度削除した関係で
不明確とポイントが抜けている

9・高山・568.5
12・峠